「80億分の1」をやってみた|パキスタンの女の子として93年を生きた人生シミュレーション

ゲーム

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AKAI’S GAME LOG
赤ヰのゲームプレイ録

ー80億分の1 パキスタン編ー

こんにちは、赤ヰです。

いまこの瞬間にも、地球では1秒に4人ほどの赤ちゃんが生まれているそうです。

もし、自分がそのうちの1人だったら。
どこで、誰の子として生まれるかは、選べない。

「80億分の1」

そんな人生を最後まで生きてみる、人生シミュレーションゲームを遊んでみました。
今回は、1回目の人生の記録です。

📌 先に結論

・「80億分の1」は、141か国の実際の統計をもとにした、無料の人生シミュレーション
・赤ヰは、パキスタン・ラホールの女の子として生まれた
・そして、93歳まで生きた

01 ― ABOUT

🌍「80億分の1」って、どんなゲーム?

「80億分の1」は、ランダムな国に生まれて、一度きりの人生を最後まで生きてみるゲームです。
ブラウザで無料で遊べます。

いちばんの特徴は、実際の統計をもとにしていること。

141か国の出生数や平均寿命、子どもの死亡率、所得、教育、病気などのデータが使われていて、
亡くなる時期や死因も、その国の統計に沿って決まります。

🎲 生まれる国は選べない
世界の出生数の割合で、国が決まる
⏳ 1年が数十秒
一時停止や倍速もできる
🧭 大きな決断
進学・仕事・結婚・移住を自分で選ぶ
👶 同じ1秒の4人
同じ瞬間に生まれた4人の人生も並んで進む

選択によって人生は変わります。
でも、生まれた場所の統計から完全に抜け出すのは難しい。
そんなリアルさのあるゲームです。

※このゲームには、病気や死、戦争などの重いできごとも、実際の統計どおりに出てきます(15歳以上が対象)。記事の中の数字は、ゲーム内の表示です。ゲームは国連の世界人口推計2024や世界銀行、WHOなどのデータをもとにしていると説明されています。

02 ― BIRTH

👶パキスタンの女の子として、生まれた

生まれる場所を決める画面が終わって、出てきた国は……

パキスタン

2026年1月。
パキスタンのラホールで、女の子として生まれました。
名前は、Nida Rajput(ニダ・ラジプート)。

母は32歳、父は38歳。
上にきょうだいが2人いて、家族はイスラム教を信仰しています。
家庭の所得は、5段階のちょうど真ん中でした。

赤ヰ
同じ1秒に地球で生まれた4人は、
アンゴラ、スーダン、インド、グアテマラ。
みんな、選んで生まれたわけじゃない。

日本と比べると、スタートがこんなに違う

ゲームでは、自分が実際に生まれた国と比べることができます。
日本とパキスタンを並べてみると……

ゲーム内の「生まれた国と、この子の国」の比較画面より平均寿命日本87.6歳パキスタン69.8歳5歳になる前に亡くなる確率日本0.2%パキスタン5.3%就学予測年数日本15.5年パキスタン7.9年1人あたりGDP(PPP)日本$47,387パキスタン$5,419

日本とパキスタンの比較(ゲーム内の表示)

5歳になる前に亡くなる確率は、日本の0.2%に対して5.3%。
平均寿命は、18年近くも違います。

赤ヰ
生まれた瞬間から、スタート地点がこんなに違うんだ……。

03 ― CHILDHOOD

🌱5歳まで生きられるか、という壁

赤ちゃんのころのNidaは、何度もピンチに見舞われました。

📜 人生の記録より
0歳予防接種のいくつかを、予定どおりに受けられませんでした。
0歳肺炎にかかり、息が苦しくなりました。
2歳また肺炎にかかり、息が苦しくなりました。
4歳栄養が足りず、同じ年ごろの子より背が低く育ちました。
5歳5歳の誕生日。パキスタンで生まれた子どもの約6%は、5歳になる前に亡くなります。あなたはその時期を無事に乗り越えました。

ゲームの中の1年は、数十秒で過ぎていきます。
でも、その数十秒の間に、何度も「もしかしたら」がありました。

5歳の誕生日のメッセージを見たとき、
ほっとした気持ちと、6%の子どもたちのことが、両方胸に残りました。

04 ― SCHOOL

🎭好きなことを見つけた子ども時代

7歳のとき、最初の「大きな決断」がやってきました。

大きな決断
好きなことを見つけよう
✔ 演劇・演技
パキスタンドラマ鑑賞
登山・散歩

選んだのは、演劇・演技。
Nidaはすっかり夢中になって、このあとずっと続けていくことになります。

📜 人生の記録より
9歳地震が町を襲いました。しばらくのあいだ、親戚の家に身を寄せました。
10歳地域のお祝いの宴で、夜遅くまで歌って踊りました。
13歳母方の祖母が71歳で亡くなりました。
14歳初めてインターネットにつながりました。世界が広がりました。

15歳では、高校に進むかどうかを選ぶ場面も。
ゲームの説明によると、パキスタンで高校を修了する割合は約27%だそうです。

Nidaは、高校に進学しました。

赤ヰ
「高校に行く」が、当たり前じゃない。
選べることのありがたさを、ゲームで感じるとは思わなかった。

05 ― YOUNG

📚大学受験、結婚、そして母に

18歳。
大学入試に挑戦しましたが……

落ちました。

大きな決断
もう一度挑戦しようか?
✔ もう1年準備して受け直す
働き始める

もう1年がんばって、受け直すことに。
そして次の年、Nidaは大学に進学しました。

大学では、観光・ホテル・調理を学びました。

20歳のとき、家族の年長者たちから縁談が届きます。
相手は、29歳の物静かな男性、Nadeem。

パキスタンでは、夫婦の年齢が離れていることも珍しくない、とゲームの中で説明がありました。
Nidaは結婚を選びました。

卒業後は事務職として働き始め、
26歳のとき、3歳の息子Faisalが重い肺炎になります。

大きな決断
Faisalが重い病気です
✔ 大きな病院に行く(約4万円)
家で看病しながら様子を見る

貯金は、たった6万円。
それでも、大きな病院に連れていきました。

Faisalは治療を受けて、回復しました。

赤ヰ
迷わなかった。
自分が赤ちゃんのころに肺炎で苦しんだことを、Nidaは覚えていたから。

06 ― PAUSE

🌙30歳、ひと息

30歳になると、ゲームの時間がいったん止まります。

「Nidaが今日いちばんありがたく思うことは、何でしょうか?」

そんな問いが、画面に表示されました。

ゲームの説明によると、この人の年収は、世界の人々の中で下から49%に入るくらい。
赤ちゃんのころの肺炎、浪人、貯金6万円からの病院。
決して楽ではない30年でした。

でも、Nidaにはちゃんと家族がいて、好きな演劇があって、働ける場所がありました。

ここまで生きてこられたこと。
それが、いちばんありがたいことかもしれない。

……そして、Nidaの人生は、ここから大きく動き出します。

07 ― MAP

🗺Nidaの人生を、ひと目で

誕生0歳結婚20歳夫と死別36歳再婚39歳ドバイへ44歳定年60歳故郷へ61歳奨学金74歳4世代81歳最期93歳

Nidaの93年(主なできごと)

08 ― LOSS

🕯36歳、突然の別れ

30代のNidaは、家族のために、何度も決断をしていました。

9歳のFaisalが「デザイナーになれるかな?」と目を輝かせて聞いてきたり、
友人やきょうだいから、お金の援助を頼まれたり。
そのたびに、できる範囲で応えてきました。

でも、36歳のとき。

📜 人生の記録より
36歳配偶者のNadeemが46歳で亡くなりました。(デング熱)
36歳ひどい風邪で、何日か寝込みました。
36歳実家に戻り、両親と一緒に暮らすことになりました。

配偶者のNadeemが、46歳で亡くなりました。

赤ヰ
ゲームだと分かっていても、
この1行が出たとき、しばらく画面を見つめてしまいました。

09 ― FAMILY

💐新しい家族

それから数年後。
Nidaは、Adeelという男性と再婚しました。

Adeelには娘のSidraがいて、新しい家族になるまでには時間がかかりました。

大きな決断
新しい家族になるための時間
急がず、ゆっくり打ち解けるのを待つ
✔ 一緒に過ごす時間をあえてつくる
子どもの側に立って、Adeelに一歩引いてほしいと頼む

そして、ある日。

Sidraが初めて「ママ」と呼んでくれました。

赤ヰ
この1行で、全部報われた気がした。

10 ― UAE

✈44歳、ドバイへ

44歳のとき、海外で働くチャンスがやってきます。

大きな決断
海外に出るチャンス
✔ アラブ首長国連邦へ旅立つ
家を売ってアラブ首長国連邦へ旅立つ
残る

ゲームの説明によると、アラブ首長国連邦の1人あたりGDPは、パキスタンの約13倍。
Nidaは家族とドバイへ渡り、事務職として働き始めました。

📜 人生の記録より
47歳Faisalが給料から毎月生活費を入れ始めました。ありがたくもあり、申し訳なくもありました。
47歳母をアラブ首長国連邦に呼び寄せて、一緒に暮らすことにしました。
52歳Faisalが結婚します。
54歳マイホームを手に入れました!
57歳孫に、自分が生まれたラホールの話をしてあげました。

仕事では部長まで務め、60歳で定年を迎えました。

11 ― HOME

🏡61歳、故郷へ

ドバイで暮らして17年。
仕事を手放すと、故郷の言葉や食べ物が、しきりに思い出されるようになりました。

大きな決断
故郷のパキスタンで老後を過ごそうか?
故郷に帰る
✔ ここの家は人に貸して帰る
アラブ首長国連邦に残る

ドバイの家は人に貸して、Nidaはラホールに帰りました。
そこで育った子どもは、アラブ首長国連邦に残りました。

故郷では、猫のNalaと一緒の、のんびりした暮らし。

赤ヰ
「生まれた場所に帰る」って、
なんだか人生が一周した感じがした。

12 ― GIVE

🎓故郷に、奨学金を

74歳のとき、こんな話を聞きます。
子どものころに育ったラホールで、家の事情で学校をやめる子どもたちがいる、と。

大きな決断
故郷に奨学金をつくろうか?
✔ 毎年、奨学金を送る(生徒6人・年に約55万円)
学校に一度まとまった額を贈る
今は難しい

Nidaは、故郷に奨学金をつくりました。

子ども時代のところで書いたように、パキスタンで高校を修了する割合は、ゲームの説明では約27%。
高校に行けた自分だからこそ、次の子どもたちの背中を押したかったのかもしれません。

📜 人生の記録より
75歳メッカ巡礼から戻りました。今では人々から「ハッジャン」と呼ばれています。
81歳初めてのひ孫が生まれました!4世代が一堂に会しました。
85歳これまでに奨学生16人が学校を卒業しました。

最終的に、生徒25人が
学校を卒業できるよう支えました。

13 ― LAST

🌙93歳、最期のことば

90歳を過ぎると、記録には別れが増えていきます。

古くからの友人が亡くなり、
92歳のときには、あの肺炎を乗り越えた息子のFaisalが、69歳で先に旅立ちました。

赤ヰ
子どもに先立たれるのは、本当につらい。
Nidaは3人の子どもを育てて、そのうち2人を見送りました。

そして、93歳。
Nidaは、パキスタンで息を引き取りました。

最後に残した言葉
「おまえたちがいてくれて、
いい人生だった。」

孫3人と、ひ孫4人に恵まれた人生でした。
死因は、心筋梗塞などの虚血性心疾患。
ゲームの説明では、パキスタンの70歳以上の死因の約22%を占めるそうです。

14 ― FIVE

📊同じ1秒に生まれた、5人の人生

最後に、同じ1秒に生まれた4人がどうなったかも表示されます。

Paulo(アンゴラ)66歳Hana(スーダン)66歳Wasim(インド)76歳Javier(グアテマラ)39歳Nida(パキスタン)93歳

同じ1秒に生まれた5人が、生きた年数(ゲーム内の表示)

グアテマラで、最も裕福な層の家庭に生まれたJavierは、39歳で亡くなりました。
一方で、Nidaは93歳。
同じ年にパキスタンで生まれた子どものうち、Nidaより長く生きたのは4%だけでした。

裕福だから長生きできる、とも限らない。
統計の中には、運や偶然も入っているんですね。

15 ― THOUGHT

✨80億分の1を生きて、思ったこと

✔ 生まれた場所で、人生のスタートは大きく違う
✔ それでも、選択によって人生は変わっていく
✔ 統計は「数字」だけど、その中に1人ひとりの人生がある
✔ Nidaの人生は、93年で約34,000日。家族と友人に囲まれた人生だった

約20分のプレイで、ひとりの人生を最後まで見届けました。

ゲームの中の1年は、ほんの数秒。
でも、その数秒の中に、病気も、別れも、新しい家族も、故郷への想いもありました。

ニュースで見る「平均寿命」や「子どもの死亡率」の数字の向こうには、
こうして1人ひとりの人生があるんだと、初めて実感できた気がします。

あなたは、80億人のうち、誰として生まれると思いますか?
気になった人は、ぜひ一度、生まれてみてください。

※このゲームには、病気や死、戦争などの重いできごとも、実際の統計どおりに出てきます(15歳以上が対象)。記事の中の数字は、ゲーム内の表示です。ゲームは国連の世界人口推計2024や世界銀行、WHOなどのデータをもとにしていると説明されています。
✎ 今日の独り言
「おまえたちがいてくれて、いい人生だった。
……私も、そう言える人生にしたい。」
以上!
📎 参考にしたページ

・80億分の1(1in8b.life)(ゲーム内の説明と表示)

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